ポケット・ウオッチは鎖につなぎ、ベストのポケットに入れたからそう呼ばれるようになった。昔の誂え仕立てのベストには、通常の水平のボタン穴のほかに、この鎖のための垂直のボタン穴が一つあけられていたものだ。スリーピースでも誂えようというなら、そんな細部に凝ってみたい。
現代人は携帯電話をポケットに入れて生活するのが当たり前のスタイル。これはファッション的にも先祖返りで、昔の洒落者がポケットに懐中時計を忍ばせたのにとても似ているのだ。昔の人は鎖の先に、フォブと呼ぶアクセサリーを付けて楽しんだ。これも携帯電話の飾りに似ているのだ。
最近は腕時計の革ベルトを、オーダーメイドしやすくなった。アリゲーターやガルーシャ「エイ」などのエキゾチック・レザーも面白いが、例えば着物の端切れを持ち込んでの誂えなども素敵だ。自分の着物と揃いのベルト付きなら、着物とも相性は良いだろうし。これはやる価値ありだと思う。
生活スタイルが現代化し、それによって交通の便などが良くなり、郊外に住む勤労者が、通勤する時代が始まる。このように生き方そのものが加速していった20世紀に、腕時計が一般化したのは事実だ。
それ以前の時代には、時間を知るために持ち運べる道具として、ポケットに入れる「懐中時計」が、人々に大切に使われていたのだった。
明治生まれの僕の父親も、旅行の多い仕事をしていたため、汽車や汽船の時刻を逃さぬように、正確に時間を刻む懐中時計を愛用していたものだった。ハイカラ好きでもあった父はアメリカ製の時計を組紐につなぎ、スリーピースのベストのポケットに入れ、時間を見るときにそれを取り出して眺めていたものだ。
当時の仕立屋は、ベストに懐中時計用の鎖穴を開けてくれたものだ。この忙しい現代の暮らしだからこそ、僕はもう一度懐中時計を楽しみたいと考え、実践している。父と同じようなベストを仕立ててもらい、今から100年ほど前に作られた、立派な機械の入った懐中時計で、時間を読み取るのだ。これは楽しい。シチズン・カンパノラの天文時計などを使ってみても面白かろうね。
また懐中時計は着物姿にも似合う。自分好みの帯に、別注した組紐で懐中時計を提げる。粋さを楽しむならそんなスタイルをを持つことだ。
松山猛
1946年京都府京都市生まれ。作詞家、ライター、編集者など、多彩なジャンルで活躍。時計に造詣が深いことでも知られ、雑誌で連載コラムを持つほど。著書も「松山猛の時計王」など多数。



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